この理不尽に美しい世界を

平日午前のバス、まばらに座る背中、窓ガラスに信号の影、柔らかい日差し。座面のヒーターが少しだけ熱い。バスの振動と車内の暖かさが、遠い記憶を浮かび上がらせる。意識の深い層で変成した、あるはずのない記憶。その匂いや手触りが通り過ぎるたびに、ぼくはあなたのことを思い出す。

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アパートの階段、手摺り越しの青空、お向かいの庇の几帳面な直角。

夜の部屋、差し込む街灯の白い光、少し脂っぽい髪の匂い、啜り泣く声。

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「愛するとは、相手に自分自身を与えることだ。」

確か、フランスの神父の言葉だったと思う。もしもこの言葉の通りに、愛することが自分を与えることだったら、「神を愛する」には神に私を与えればいいのだろうか。でもやり方が分からない。わたしは私自身にすら、わたしを与えられないのに。

人生はあまりにも簡単にクソったれになる。願いは叶わない、祈りは届かない、救いはやって来ない。誰でも知っている。それなのに世界がこんなにも美しいのは、許しがたい裏切りに思えた。私が、このわたしでなければ良かったのに。

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砂利道の冷たい雨、曖昧な白い空、ビニール傘を持つ硬い指、バイクの音。

欅の葉擦れ、子供の遊ぶ声、触れられるような幸福の音、近づく雨の匂い。

夕映え、黒々とした山並みと金色の飛行機雲、何かの割れる音、家々の影。

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ずっと、夜だけが心の休まる時間だった。夜だけは、世界が止まっている時間だから。また朝が来る、また明日が始まる、それが恐くて仕方なかった。まだ世界を起こさないように、世界に気づかれないように、片目だけを開けて暗い時計盤を見る。細く細く息を吐く。

「あなたの苦しみは分かるよ、誰だって苦しみはある、だけど自分が変わらなければ物事は変わらないじゃない?」そんなことが言える人たちが心底羨ましかった。なんて呑気に、なんて当たり前のことを言っているんだろう。なんて気軽に、なんて浅はかに、わたしの痛みを踏みにじるんだろう。

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平日午前のバス、まばらに座る背中、窓ガラスに信号の影、柔らかい日差し。

アパートの階段、手摺り越しの青空、お向かいの庇の几帳面な直角。

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誰かを愛するように、わたしを愛することが出来たら良い。そうしたら、何一つまともにやり果せないわたしを、私が抱きとめられると思うから。わたしに何かが足りないのではなくて、このわたしが私なのだと、そう許すことが出来ると思うから。

それなら神様、わたしはあなたのことも許せるだろうか。あなたに私の全てを与えて、あなたが何もしてくれはしないとしても、そのあなたのことを受け入れられるだろうか。いいや、あなたこそが、私にあなたの全てをはじめから与えていたのだと思えるだろうか。私もまたこの世界であって、この世界が私なんだと分かるだろうか。

この理不尽に美しい世界を愛するために。あなたを愛するために。

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