Iさんは、新入社員研修の受講生だった。
彼女と会ったのは、僕が講師になって2年目か3年目の頃だったと思う。僕が講師を担当した新卒向け研修を受けていて、だけどIさん自身は中途入社の社員だった。たまたま入社した直後で、人事の人が「せっかくだから」と名簿に入れたらしい。
十数人の新卒社員に混じって参加するIさんは、30手前にしてはやや幼く見える顔立ちと、その割にどこか諦めたような表情をしている印象だった。この会社がIさんにとっては2社目で、前職ではこういう研修はなかったと言う。
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いざ研修を始めると、彼女はとても頭が良かった。理解が早く、思考は的確で、受け答えも明快だ。
新入社員研修というと、一般には「とにかくビジネスマナー」みたいなイメージかもしれないけど、少なくとも僕の会社で受託する際にはマナーはごく一部(一応触れるけど)。どちらかと言うと力点は、「複数の人と仕事をする」ための考え方やコミュニケーションや問題解決のスキルをトレーニングすることにある。だから受講生にはたくさん悩み、考え、話してもらう。そういう中で見ていると、一人一人の能力や課題をある程度ながら感じ取ることができる。Iさんについては、「この子は優秀だな」と言うのが率直な感想だった。
同時に彼女は、仕事や職場というものに対して何かしらの傷を持っているようにも見えた。言葉の端々に滲ませる、ある種の不信感がある。大の大人に変だけど、「大人への不信感」と呼ぶのが一番近いようなもの。Iさんは前職で休職していた期間があったらしい。きっとあまり良い職場では無かったんだろう。研修のはじめに見せていた斜に構えたような様子も、何となく理由が分かるような気がした。
その研修は1日完結で、新卒研修としてはごく短い(と言っても朝から夕方までの丸一日かける)ものだったが、クライアントの要望で、カリキュラムはかなり盛りだくさんに詰め込んでいた。つまり、すごく時間がタイトで、講師的にはタイムマネジメントが辛い、という意味だ。当時の僕はお世辞にも良い講師とは言えず、相当な駆け足でどうにかカリキュラム表をこなすような研修だったと思う。今ならあんな話をするよなとか、こんなカリキュラムの方が良いよねとか、思うことはたくさんあるけれど、まぁ、その時はそれが精一杯だった。
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そんな一日がもう終わる間際という時、Iさんがぽつりと呟いた。
「もっと早くにこの研修を受けていたら、私の人生は違ったかな。」
その小さな呟きは、決して軽くはない響きを持っていた。たった一日ではあったけど、何かしら思うところがあったんだろう。こんな駆け出し講師の研修でも何かを感じ取ってくれたんだ、という手応えを感じる言葉でもあった。
だけど咄嗟に僕は何も言えなかった。真意を訊き返すことも出来ず、気の利いたことも言えず、ただ曖昧に返事をすることしか出来なかった。
正直に言えば、僕は怯んだんだと思う。怯み、躊躇した。ここから先は研修カリキュラムじゃない、「自分自身」の言葉でなければ陳腐になる。一体自分に何が言えるのか?自分の中にこの重みに応えられる「何か」があるのか?ない。なかった。
そして、研修は無事に終わった。
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この話はこれでお終いで、特に続きはない。
その後、Iさんと会ったことは一度もないし、素晴らしい後日談もない。Iさん自身、そんな出来事はもうすっかり忘れているだろう。それで良いと思う。研修なんてそんなものだ。彼ら彼女らの人生が主役であって、研修はほんのちょっとしたサポートであるべきだ。
だけど僕は忘れない。
あの呟きの重みを忘れない。その重みに怯み、言葉を失ったことを忘れない。僕にとって研修は「そういう仕事」になった。「そういう」とは、簡単に説明することは難しいけれど、「あの重みと向き合う」ということだ。今だって、あの時に何を言うべきだったのかは分からない。分からないながらも考えてきた。これからもきっと考え続けるだろう。
もしまた別の”Iさん”と出会った時には、あれから考えてきたことを少しは伝えられると良いなと思う。そうしてまた、僕は受講生の前に立つ。


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